瞑想と虫眼鏡、灯台下暗し。「ここではないどこか」ではなく、全て必要なものは揃っている。

これはものすごく重要な話。

瞑想をしていて気付くのは、全て必要なものは、実は自分の中に揃っているということだ。

「ここではないどこか」に必要なものは存在しない。

「ここではないどこか」を探しても見つからない。

「灯台下暗し」という言葉がピッタリだ。

これはもののたとえや、精神論や、抽象的な話じゃない。

瞑想の世界では、意識や身体のレベルで、本当に「必要なものは既に存在する」ということが多い。というより、それがほとんどだ。

たとえば、心に安らぎを感じたい時

今、自分の体に存在しない「新しい感覚」を呼び起こそうとしても、なかなかうまくいかない。

だけど逆に、今存在する感覚の中から「安らぎ」「安らいでいる部分」を注意深く探すと、これが意外に見つかったりする。

いちど「安らいだ感覚」を見つけると、それを拡大することも出来る。

瞑想は虫眼鏡みたいだ

存在しないものは見つからないが、存在するものなら拡大することが出来る。

やってみよう

瞑想をする時、何か呼び起こしたい感覚がある時は、ぜひ「身体感覚」のレベルで「既に存在するもの」を見つけてみて欲しい。

たとえば「リラックスしたい」なら「既にリラックスしている場所」を見つける。

たとえば「集中したい」なら「既に集中している場所」を見つける。

「既に存在するもの」を見つければ見つけるほど、見つけることはうまくなるだろう。