逆転の自己受容。不安に対して「優しく」してあげよう。

「自分」が「不安」な時は「優しくされたい」と感じると思う。

だけど逆に「不安」に対して「自分」が「優しくしてあげる」というやり方もある。

不安は自分じゃない。

たとえるなら、自分の中にいる猫みたいなものだ。

だから、猫を撫でてやることも出来る。

猫に優しくしてあげよう。

猫は自分じゃない。

むしろ優しくしてあげる対象だ。

注意

  • 自己受容はいつでも有効に働くわけじゃない。自己受容しようとして辛くなりそうな時は他のテクニックを使った方が良いと思う。呼吸や身体的な心地良さに注意を向けるとか。
  • 自己受容はなるべく自分が落ち着ける、好きな場所でするのが良い。

瞑想はコンディションのバロメータになる

瞑想を習慣にすると、毎日の自分のコンディションが分かりやすくなる。

特に同じ時間帯に、同じ場所での瞑想を習慣にすると分かりやすい。

集中できる日もあれば、しづらい日もある。

だけど、その日のコンディションが分かれば、1日の戦略が立てやすい。

「今日はエネルギーを使おう」とか「消費を抑えて回復しよう」とかいう方針を立てやすくなる。

これは瞑想に限らずの話だと思うが、瞑想で自分のコンディションを判断するのはアリだ。

 

僕らは大樹のように成長するしかない。

わずかずつ、ほんの少しずつ、植物のように。

とてももどかしいけれど、受け入れよう。

マインドフルネスは人に「驚異的な成長」をもたらしてくれる。

だけど、成長したかと思いきや、後戻りすることだってある。

そのたびに、成長できていない自分も受容してみよう。

幸福になれない自分を受け入れよう。

そいつがセルフコンパッションと呼ばれるものだ。

僕らに必要なのは、幸福に対する希望と、そして諦めだ。

言葉の響きとは相反して、この二つは両立する。

「あとで瞑想すれば良いや」と思うと不安を消して安心できる

どんなに不安になっても、不安定になっても、僕らには瞑想がある。

あとで瞑想をすれば、どうせ不安を消すことが出来る。

そう考えると、多少の不安なんかは、なんでもないことのように感じられるのだった。

瞑想はいつでも逆説的

「あとで瞑想すれば良いや」と思うことで、逆に今の瞬間、瞑想状態に近づく出来る。

自分の好きな場所に呼吸を感じ取る

僕の場合、胸のあたりじゃなくて、足裏のあたりに呼吸を感じ取るのが好きだ。

胸のあたりは苦しくて、締め付けられる感じがする。足裏のあたりの呼吸はとても薄くて、安らげる。

呼吸は口だけじゃない。

実は体全体のどの部分も、呼吸をしている。

その中で、一番好きな呼吸の感覚を感じ取ってみる。

とても薄くて、心地良いものがあることに気づく。

 

「 もっと幸福になりたい」と思った瞬間が、幸福を感じる瞬間。

もっと幸福になりたい。これは誰しもの願いだ。

マインドフルネスを実践すれば、もっともっと幸福になれるはず。少しずつ成長して、いつかは安定した幸福が手に入るはず。

だけど実は、未来には幸福というものは存在しない。

逆に今の瞬間に幸福を感じることが、未来でも幸福であるということだ。

幸福を感じるなら、今の瞬間しかない。

何度でも戻ってこよう。

今この瞬間に。

マインドフルネスは新しい?

最近日本でも知る人ぞ知るマインドフルネスだが、アメリカでは1970年代後半からジョン・カバット・ジン教授がマインドフルネスの講座を始めていたらしい。

それが40年以上の時を経て、ようやく世界的な広がりを見せ始めているといったところだろうか。

古くて新しいマインドフルネス。意外に短くない歴史があるみたいだ。

幸せを感じるのは今しかない。

瞑想やマインドフルネスを実践していると、だんだんと幸福度が増してゆく。じわじわと、ゆっくりだけど、確実に。

なので「もっと幸福になりたい」「もっと早く成長したい」という意識が芽生えるかもしれない。

だけど未来志向で考えすぎている自分に気づいたら、それは「今に戻るべき時」だ。

いつだって、幸福を感じ取る瞬間は、今この時しかない。

だけど今と未来、どちらが大事なのだろう?

実はマインドフルネスの世界では、この二つは相反しない。

今の瞬間に幸福を感じ取ることが、同時に、未来の幸福を育ててくれる。

今に集中することが、最も良いマインドフルネスのトレーニングになる。