瞑想の終わりは瞑想の始まり

座っている時間はほんのチュートリアル。

日常の始まりが瞑想の始まり。

不安の始まりは瞑想の始まり。

焦りの始まりは瞑想の始まり。

瞑想は覚醒状態と相性が良いかもしれない

僕の場合、瞑想をすると眠くなりがちだ。

だが逆に、頭が冴えて仕方がない時に瞑想をすると、ふだんより長時間集中していられる気がする。

覚醒状態も収まるし、瞑想も続けやすい。これは一石二鳥かもしれない。

眠れない夜には瞑想を。

いつでも頑張ってきたのは、君だった。僕じゃない。

ぼくの中のもう一人だ。

たとえば恐れたり、喜んだりしているのも君だ。

僕はただ、君の頑張りを遠くから見つめているだけ。

だけど、君をとても優しく扱うことはできる。なでてやることだって出来る。

僕は僕の中の君を愛犬みたいに扱う。愛犬と僕に上下関係はない。ただ役割が違うだけ。

生まれては消えてゆく感覚

心地良い感覚も、そうでない感覚も、全てが生まれては消えてゆく。

意識できるもの、そうでないもの、複雑なものや、そうでないものたちが、体を通り過ぎてゆく。生きるということは、死ぬことを迎える準備だ。

自分というものに命が宿り、まるで自分や、世界があるかのように装っている幻想。よく目を凝らせば、自分の概念が解けてゆく感覚。

瞑想とチーター

瞑想は動物園だ。僕は今日、チーターを見つけた。

体の中にチーターがいて、いつでも走り出そうとしている。

気がつくといつのまにか全力で疾走しているし、そうでない時でも、走り出そうと待ち構えている。ピクッピクッと筋肉が動いているのが分かる。

人間の僕は、それに気がつくたびに、走る必要がないときは走らなくて良いんだと教えてやる。チーターに優しくして、仲良くするために。

呼吸をゼロにしろ

マインドレスなところに必ず呼吸の乱れあり

だいたい良からぬ思考が浮かんでいる時というのは、呼吸が乱れている。

それが明らかに分かる場合も、注意を凝らさなければ分からないぐらいの、微妙な変化の時もある。

だがいつでも、呼吸が変化していないということは決してない。

逆に呼吸が整っている時は、たとえどんな思考が浮かんできても、だいたい平静でいられるものだ。

そう、問題は思考ではなくて、呼吸だったんだ

思考は現実化しない。

変えるべきなのは思考じゃない。

呼吸だ。

呼吸をゼロにしよう

呼吸のマイナスに気づいた時、それをプラスにしたいと思うかも知れない。

だけど呼吸は、僕らとは別の生き物だ。

僕らが呼吸に対してマイナスの蓋をつけることは出来るが、無理やりにプラスにすることは出来ない。

たとえば樹を切るのは簡単だけど、無理やりに成長させることは出来ないみたいに。呼吸の世界は「逆もまた然り」で出来ていない。

イメージとしては、マイナスの蓋を取り除いて、ゼロを取り戻すことだ。つまり、何も手を加えない。

自分の世界のルールで生きる

瞑想を続けていても、人は社会的要素には弱い。

たとえば人から認められる、認められないということや、友達や恋人がいるいないの違いや、仕事や年収の違いや、境遇なんかに人は簡単に影響されてしまう。

瞑想でようやく、揺らがない心を築いたかと思いきや、社会的要素が影響して、とたんに全てが崩れるように感じることもある。

じゃあ瞑想は役に立たないのだろうか

結局は社会的要素の方が影響力が大きくて、大きなゲームとして動いているのだろうか。瞑想はそのレールの上で、単に心身のバランスを整えてくれるだけなのだろうか。

世界のルールを変える方法

僕らが社会的要素に揺らぐのは、誰かが作った世界のルールで生きているからだ。

僕らがレールに乗っているのであって、レールが僕らを乗せているわけじゃない。決めているのは僕ら自身だ。

だから乗るレールを変えることさえできれば、自分の世界のルールで生きることが出来る。

たまに見つかる自分の世界の

時折僕は、誰かが作ったルールとはまったく違う、自分だけのレールに乗った、ゆらがない自分を見つけることがある。

その時の感覚を覚えていたい。深い暗示から解かれて、魂が自由になる瞬間を。

瞑想だけではダメだ

瞑想はルールを変える手助けになる。だが瞑想だけではルールは変わらない。

たとえばどれだけレベルが高い勇者でも、魔王を倒さなければ平和は訪れないよう「。

瞑想とはまた別軸で、自分で自分の洗脳を解く必要があるように感じている。

ゆらがない自分を見つけよう。自分の世界のルールを見つけよう。

「やがて死ぬ命」「今がある幸せ」

この二つの言葉が、今日はしっくりと来る。この究極の二つを並べることで、心が落ち着く。

やはり、言葉は二種類必要だ。息を吐く時と吸う時の二つが。

そして瞑想の言葉には、陰と陽があった方が良い。それぞれ死ぬことと生きるとこが表されていた方が良い。

あるものがないときに

たとえば不安を感じる時、不安が「ある」のではなく、安らぎが「ない」のだと気付く。

  • 安心がない状態が不安
  • 平和がない状態が争い
  • 愛がない状態が悲しみ
  • 信頼がない状態が不信
  • 健康がない状態が病気

僕らが揺らいでいるのは、本来あるものがない時だ。

 

マインドフルネスとオレンジ

オレンジはちょっとすっぱい。だけど美味い。

マインドフルネスの瞑想もそんな感じだ。オレンジだということさえ分かっていれば、すっぱさを含めて味を楽しめる。

「不安はこんな感じ」という感覚。「焦りはこんな感じ」という感覚。それぞれちょっとすっぱいけれど、こういった感覚の味を好きになることも出来る。